スロー・ステップ・ダンス
頭上を見上げれば、曇り空。
眩しすぎる太陽を遮る薄やかな雲。雨は降りそうなんだけれど、決して降る筈も無い。そう設定されている。だってココは『The World』――現実の世界じゃないんだもの。そして、こんな曇り空の風景は、ボクが好きなエリアであり。キミも好きなエリアでもある。そう。ボクの一番大切な人、ハセヲのね。
「さて。今日はどうすっかなー」
とりあえず周囲にPCもモンスターも居ない事を確認しつつ、ハセヲがそうボクに問うてくる。短期間の間にレベル上げ、ジョブのクエストもこなしている彼のPCは全身真っ黒な上、『死の恐怖』の名に相応しい姿に変わっていた。
ボクことPC名エンデュランスの職業である”斬刀士”とは違い、彼の職業は特別なんだ。
ハセヲの職業は“錬装士” 複数の武器を操るだなんて……一見便利そうな職業に初心者は思ってしまうけどそれは誤りだ。期間限定で行われるクエストをクリアする事で1stから、最高3rdまで強くは
なれるものの。どの武器も他の職業とは違い、最高まで熟練度を上げる事は出来ない不便さがある。
何故彼がそんな職業を選んだのかは、まだ聞いた事は無いけれど。
そんな職業をあえて選ぶ所も、ハセヲらしくてボクはとても好ましく思っている。
ただ、変わらないと断言出来る事と言えば。それはきっとハセヲがどんな姿になろうとも、ボクのこの気持ちだけは変わらないという事くらいだろうか……。
「別にクエストも無ぇし……って、エンデュランス!!」
悩むポーズを続けていたハセヲが、突然、両手を腰に当てたポーズをとったかと思うと。
今度は、ずかずかとボクの側に早足で近寄ってきた。
嗚呼。キミからそんな積極的に近づいてくれた事なんて滅多にない。これはゲームの中だと
頭ではわかっていも……自然と胸が高鳴る。
あと1歩でキスが出来る距離までハセヲが来たと思えば、可愛い顔を見上げて。
じっとボクを睨んだ。まるで猫みたいに。
「さっきから、なにジロジロ俺を見てんだよ! 言いたい事があるなら、はっきり言え」
「大したことじゃないよ」 「いいから、言ってみろ」
「…………今日もハセヲは美しいな……って。そう思いながら、見つめていたんだけど? 悪かったかな」 「 は?」
ドン引きという言葉がこれほど相応しい状況は無いだろう。
ハセヲはボクの発言に余程驚いてしまったのか……暫らくPCの動きが停止してしまった。
こんな風に、僕の言葉ひとつひとつに反応してくれるハセヲも好きだけど。今日は二人きりでいられる特別な日だから。1分1秒が惜しい。
止ったままのハセヲの右手を掴み。そのまま歩こうと促す動きを、PCにさせた。
「ねぇ、ハセヲ。何時まで止ってるの? 折角の二人きりなんだから……もっとこの世界を
回ろうよ。時間の許す限り、ね」 「あ、ああ」
ボクの言葉でようやくハセヲは歩き出す。その隣にボクも続いて歩き出した。
――相変らず、フィールドは曇り空。少し先には敵の姿も見える。ボクとハセヲは気付かれないよう、そっと相手の背後に廻りこむ形で近づいていく。大丈夫。ハセヲにダメージなんて与えさせない。ボクの剣で、何もかも打ち砕く。
少しずつでいい。
急かさなくていい。
きっとキミは待っていてくれる。ボクが昔失ったモノを取り戻せる日まで。
ボクを好きになってなんて、思わないから。
どうか。せめて――この"世界"に終わりが来る日までは、ハセヲの側に。
少しずつ、少しずつ。ボクはキミに近付いてゆくから。
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あとがき
vol.2あたりのエンハセ。やっぱりハセヲは引き気味。
エンデュランス=エルクを意識して書いてるんですが…撃沈。
(2006/11/07)2008/03/12 修正・UP
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